釧路地方裁判所 昭和61年(ソ)3号 決定 1986年10月17日
抗告人
佐藤明雄
右代理人弁護士
今瞭美
同
今重一
相手方
株式会社ジャックス
右代表者代表取締役
河村友三
主文
原決定を取り消す。
抗告人の本件異議の申立ては適法と認める。
理由
一抗告人の申立ての趣旨及び理由は別紙のとおりである。
二釧路簡易裁判所昭和六〇年(ロ)第三二八七号貸金請求支払命令申立事件の一件記録によれば、次の事実が認められる。
相手方は昭和六〇年一二月一一日釧路簡易裁判所に対し、相手方を債権者、抗告人を債務者として支払命令を発することの申立てをしたところ、同裁判所は同月一六日支払命令を発し、右支払命令正本は同月二七日抗告人に送達された。
右送達後、二週間の申立期間内に異議の申立てがなかつたので、同裁判所は昭和六一年一月一三日相手方の申立てによつて右支払命令に仮執行の宣言を付し(以下、本件仮執行宣言付支払命令という。)、この正本を同裁判所書記官が直ちに抗告人に特別送達により送達した。本件仮執行宣言付支払命令正本は同月一六日に抗告人の住所地に配達されたが、抗告人不在のため同月二六日まで別保郵便局に保管され、この間抗告人が同局に赴いて受領したり、再配達の申出をしなかつたため、同月二九日に同裁判所に返送された。そこで相手方は二月三日同裁判所に対し、抗告人に対する送達を同人の就業先が不明のため書留郵便に付する送達で行つてほしい旨の上申書を提出し、これを受けて同裁判所書記官は同日本件仮執行宣言付支払命令正本を書留郵便に付して送達した(以下、本件送達という。)。一方、抗告人は三月一四日に本件仮執行宣言付支払命令に対する本件異議申立てを行つた。
三ところで、民事訴訟法一七二条は、住所、居所等において受送達者にもその代人にも出会わなかつたために、通常の交付送達はもとより補充送達も差置送達もできなかつた場合であつて、かつ、就業場所が判明していない場合又は就業場所における送達も不奏功の場合に、書記官が送達書類を住所、居所等にあてて書留郵便に付して発送する方法により、送達を実施することができる旨定めたものであるところから、受送達者の就業場所が判明していて送達することが可能であつたにもかかわらずこれをすることなく行われた書留郵便に付する送達は、その要件を欠き違法であると解される。これを本件についてみるに、前記認定事実のほか、<証拠>によれば、抗告人は、本件仮執行宣言付支払命令の請求の原因である記田壽雄の債務の連帯保証人となる旨の保証契約を相手方との間で締結した際、自己の勤務先である石川板金株式会社の会社名、所在地、電話番号を右契約の定型契約書の各記載欄に記入している上、実際にも昭和四三年九月ころから昭和六一年六月一一日現在まで右会社の従業員として稼働していること、相手方の事務担当者である舘野圭二は、一旦不送達になつた本件仮執行宣言付支払命令正本をすぐに抗告人の住居に書留郵便に付して送達してもらおうと考え、同人に右勤務先があることを知りながら釧路簡易裁判所に対し、あえてこのことを秘匿して抗告人の就業先が不明であるためという虚偽の理由を記載した書留郵便に付する送達を求める旨の上申書を提出したこと(この点は、舘野圭二が自認するところである。)が認められ、右事実によれば、相手方は早期に債務名義を取得しようという不当な意図の下に、抗告人に就業場所があることを、同裁判所に秘匿していたことが明らかであるから、本件は実質的には就業場所が判明している場合にあたるものというべきであり、結局本件仮執行宣言付支払命令正本は抗告人の就業場所に送達することが可能であつたものであるのにかかわらず、抗告人の就業場所への送達を行わずに書留郵便に付して送達されたものといわざるを得ない。そうすると本件送達はその要件を欠く違法な送達というべきである。
四したがつて本件仮執行宣言付支払命令正本は未だ抗告人に対し適法に送達されていないのであるから、本件仮執行宣言付支払命令正本が昭和六一年二月三日に適法に送達されたことを前提として申立て期間徒過を理由に本件異議申立てを却下した原決定は不当であり、本件抗告は理由があるからこれを取り消すこととする。そして、本件異議申立ては、本件仮執行宣言付支払命令正本が抗告人に有効に送達される前になされたことになるが、このような場合であつても仮執行宣言は督促手続としての最終の裁判であるから、民訴法三六六条但書の準用により、許容されるものと解すべきである(なお、この場合でも民訴法四三八条二項により仮執行宣言付支払命令正本は債務者に送達すべきである。)から、抗告人の本件異議申立ては適法と認める。
よつて主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官佐藤 康 裁判官加藤新太郎 裁判官生野考司)
別紙 抗告の趣旨
一、原決定を取り消す。
二、抗告人の異議の申立てを認める。
抗告の理由
一、本件支払命令の送達関係は、左記のとおりである。
1、支払命令の債務者への送達 昭和六〇年一二月二三日(同居者佐藤保子が別保郵便局の窓口で受領している)
2、仮執行宣言付支払命令の債務者への送達 昭和六一年一月一六日送達時に不在のため郵便局に留め置いたが、留置期間内に受領しなかつたとして仮執行宣言付支払命令が釧路簡易裁判所に返送される。
3、昭和六一年二月三日 「不在」により不送達となり、かつ就業先不明のため付書留郵便による送達をしてほしい旨の上申
4、昭和六一年二月三日 釧路郵便局の書留郵便に付して送達する
二、ところで、送達に際しては、住所地に対する送達が不在の理由で不送達となつた時には、勤務先に対する送達を行わねばならない(民訴法第一六九条二項)。勤務先がある場合には、勤務先への送達をしないで、付書留郵便による送達を行うことはできない。
従つて、勤務先があるかどうかについては、送達の権限を有する裁判所書記官は慎重に調査することが義務付けられている。
三、ところで、抗告人(債務者)は、昭和四三年秋から、石川板金(株)に勤務しており、このことは相手方(債権者)においても充分承知している。
(このことは、本件仮執行宣言付支払命令が付書留郵便によつて送達されたとして確定するや直ちに、抗告人の給料に対する差押命令の申立てをしていることからも明白である。相手方(債権者)が抗告人(債務者)に対する債権差押命令の申立てをしたのは、昭和六一年三月三日である。釧路地方裁判所昭和六一年(ル)第一四六号債権差押命令)
四、しかるに、釧路簡易裁判所においては、抗告人(債務者)の勤務先に関する調査を全く行わず、抗告人(債務者)の住所地に対する送達が、「不在」の理由で不送達になるや直ちに付書留郵便による送達を行つているが、これは、勤務先への送達を義務付けた法律の定めに反するものであり本件において行われた付書留郵便による送達は、違法である。
(尚、釧路簡易裁判所においては、相手方(債権者)において、「不在・就業先不明」との上申をした旨主張するかもしれない、しかし、釧路簡易裁判所の送達担当者においては、相手方(債権者)のような信販会社が行う所謂立替払契約においては、必ず、契約書が存在し、信販会社というものが無職者や勤務先の無いものとは原則的に契約をしないものであることを充分承知しているものであるから、本件相手方(債権者)が前記のように上申書に記載したからと言つて、そのことだけで、抗告人(債務者)に勤務先がないと断定することはできない。釧路簡易裁判所の送達担当者が相手方(債権者)に対して、本件仮執行宣言付支払命令に記載された立替払契約の契約書の提出を要請することは、ほんの一挙手一投足の労で足りることである。
五、抗告人(債務者)は、昭和六一年三月初め、相手方(債権者)から、「給料に対する差押えを行う」旨の電話連絡を受けたため、弁護士今 瞭美に依頼して、釧路簡易裁判所の関係記録を調査した結果、昭和六一年三月七日、本件仮執行宣言付支払命令の存在を知つた。
そのため、抗告人(債務者)は、本件仮執行宣言付支払命令の存在を知つた昭和六一年三月七日から二週間以内に異議の申立てを行つた。
にもかかわらず、原審は本件異議の申立てが不適法であるとして却下したものであり、原審決定は、違法である。
四、仮に、本件のような場合に書留に付する送達が許される場合があるとしても、本件においては、次のような違法がある。
1、本来、「書留に付する送達」は、債務者保護の観点から問題があること明白であるから、「書留に付する送達」を行う場合には、極めて慎重に行うべきであり、他の方法による送達ができない場合にのみ例外的に許されるものと考えられるべきである。
即ち、特別送達による住所地への送達ができなかつた場合には、「勤務先」への送達を行う方法を採用した上、「勤務先」へ送達した旨を住所地へも連絡(郵便による)をするなどする外、執行官送達を行うなど種類・方法を替えて「送達」を試みるべきである。
本件において、抗告人(債務者)は、昭和四三年以来現在に至るまで石川板金(株)に勤務しており、相手方(債権者)は、本件立替払契約の契約書を見るだけで抗告人(債務者)の勤務先を知ることができた。
しかるに、本件においては、裁判所は、住所地への一度の送達を行つただけで、債務者の勤務先についての調査を債権者に命じたり、債務者の勤務先への送達を試みることもせず、漫然、「書留に付する送達」を行つたものである。
前述の経過から、明白なように、債務者の勤務先への送達などの方法さえもせず、直ちに、「書留に付する送達」を行つた本件においては、送達が違法であること明白である。
よつて、抗告の趣旨記載の決定を求める。
六、尚、本件仮執行宣言付支払命令に記載されている立替払契約については、抗告人(債務者)の全く知らないものであるが、このことは、相手方(債権者)は充分承知していた。即ち、弁護士今 瞭美が、抗告人(債務者)の代理人として、昭和五九年一月一六日付「ご通知」と題する書面で相手方(債務者)に対して、本件契約については、抗告人(債務者)は全く知らないものであることを連絡していたからである。
そのため、抗告人(債務者)の勤務先について「故意」に隠して、一回の不在で「直ちに付書留郵便による送達」の上申をしたものである。